zebraexの遍歴

読むかどうかはともかくとして

書き手の事情

昨日のエントリは上手く書けた。
スターを押してくださった方々ありがとうございました。

実は私はこのブログとは別にメインのブログを持っていて、そちらのほうは、3月ぐらいまではそれなりに上手くいっていて、アクセスもブクマも稼げていたのだけれど、だんだんと、ウケている記事のどこがいいのかわからなくなり、こんなのを何度も書かなきゃいけないのか、ということにうんざりしてきて、それがまた文章に出てしまったようで、どんどんアクセスも右肩下がりに落ちてくる。
私としては、それでもできるだけいい文章を書こうと思うのだけど、それのどれも昔のエントリを好んだ人には合わないようで、ちっともウケない。

こうなってくると、私もブログを更新するのに嫌気がさしてきて、文章も荒んだものになっていく。
それでも数人の読者は付いてきてくれているのだが、それも忍びなく、メインブログのほうは、もう気が向いたら更新するよ、ということにして、こうして、新しくブログを作って書きたいものを書くことにした。

というより、本当は文章を書くこと自体を休みたいのだけど、せっかく人並みに書けるようになってきた文章を忘れないようしたいというのがあって、昔の読者の目に触れないところで、こうして書かせてもらっている。


そういう訳で、読んでくれている方には申し訳ないのだが、このブログは、件のメインブログほどは、気合を入れて書いていない。この文章もとりあえず何も書かないよりかはマシなので書いているという体である。

一つ言い訳をすれば、気合を入れた文章がいい文章かというと、それも違って、上手く説明できないけれど、勢いにまかせるまま、30分ぐらいで書きなぐった文章のほうに「いい味」が出ることもある。なので、全く読む価値はありませんよ、とまでは言う気はない。程々に、適当に付き合っていただけたらと思う。


適当に書いた文章、というフレーズで思い出したことがある。(書きながら何を書くか決めているとこういう展開になる)

昔、私は音楽をやっていて、シンセ一台でクラブ・ミュージックみたいなものを作っていた。
別にレコードを作ったりはしていなかったので、披露する場所と言えば学祭ぐらいのものだったのだけれど、20歳頃だったか、私はよりによって学祭の前日に失恋してしまい、すっかり意気消沈してしまっていた。

こういう時は、人を呼ぶに限る、ということで、私は10年来の幼馴染の友人を「もうなんか色々ダメやから来てくれへんか」と呼びだした。
一人暮らしの私の家にやってきた彼は何故か2リットルボトルの巨大なコーラを持参していて、どうやら差し入れのつもりらしかったが、そういう時は酒だろうと内心思いつつ、私は彼と二人でひっそりとコーラを飲んだ。

「曲は作らへんのか」
と友人は言った。
「こんな気分で作れるかいな」
と私は答えたが、なんとなく、彼に曲をどうやって作っているのかを見せたい、という気分になった。
「まあ作らへんけど、どういう風にやってるか見ててーや」
と私は立ち上がって、シンセ類のスイッチを入れた。

とりあえず仮のリズムを機関銃のような手つきでシーケンサー(シンセに内蔵された演奏用のコンピューター)に打ち込むと、友人はほぅと感心した様子だった。

そのリズムにあわせて、音色を変えながら音を重ねていく、というのが私の音楽制作スタイルだった。

「例えば、こういうストリングス(バイオリンなどの弦楽奏を音色にしたもの)とかええやろ」
と私はシンセを演奏しながら、誰に、言うまでもなく言った。

不思議とそれはメインフレーズとしてぴったりはまっているように私に思えたし、そもそもこんな所で迷っていては友人を飽きさせてしまうので、さっさと私は次のパートに写った。

先程のストリングスにあわせて、ベースを打ち込む。
一発でハマった。

だんだん音楽らしくなっていく様子に友人も感心している。
その後は夢中になって、合う音をはめこんでいった。まるで解き方を知っているパズルをもう一度組んでいるような気持ちになった。

30分ほどもすると、構成も出来上がり、それは1曲の感傷的なトランス・ミュージックになっていた。

「ええやんか」
コーラを飲みながら友人が言った。
「せやな」
私は狐につままれたような様子で言った。こんな風に出来ることなど今までなかったのに。
「ほな遅いから帰るわ。明日頑張ってな」
友人は呆然とする私を置いて、帰っていった。



翌日、私はその曲を含めた自作の曲を学祭で演奏した。観客はまばらで、私も彼らに気を使う余裕はなかったが、それなりに反応は悪くないようだった。

後日、ある先輩からメールを貰って、「自分にとっては大学の最後の年にあの曲を聴けたのは良かった」と書いてあった。昨日30分で作った曲のことだった。

今、その曲を聴き返すと確かに30分で作った曲だな、と思わせる乱雑さと、何の工夫もない自分の手癖だけが目立つ曲に聴こえる。

でもきっと、あの日に限っては、感傷という魔法がかかって、ただの手癖が個性に、安易な構成が王道の展開に、それぞれ解釈されたのだろうと思っている。

音楽とは時間の魔法なのだ。と私は思った。


さて、今日は何の話をしたかったのだっけか。
まあこんなところでいいだろう。それではまた。